Everyday I'm looking for a rainbow. |
求める者達 | EPISODE:03 2003.01.05 | |||
いつもの調子を取り戻したランスに、ほっとしたカオスだったが、何か予感めいたものを感じていた。 (あまり悪い方にいかねばいいんじゃがのう・・・。シィルちゃんがいない今、お主を押さえられるのは・・・) そんなカオスの思いを知ってから知らずか、ランスはいつもの調子で、リーザス城へと戻って行った。 | ||||
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「ふぅ」 マリスは軽くため息をつくと、持っていたペンを置き、視線を窓の外に向けた。 座ったままの彼女の瞳に映るのは、澄みきった青空だけである。 ところどころの薄い雲がアクセントとなって、つき抜けるような青さを際だたせていた。 暖かな昼下がり。 昼食後からずっと書類に目を通していたマリスは、メイドのウェンディが紅茶を持ってきたのを機に、一息入れることにした。 「失礼しました」 ウェンディが退室すると、そこはまたマリス一人の部屋になる。 派手さは無いが、品の良い調度品と、清潔な感じがするその部屋は、彼女にはとても居心地の良い場所であった。 席を立って窓辺に寄ると、爽やかな風がマリスをやさしく包み込んだ。 しかし、彼女の表情は、あまり明るいものではなかった。 彼女をそうさせているのは、一つの小さな気がかり。 それは、彼女のいるリーザスの王、ランスのことである。 ランスが王になってから、リーザスは変化の渦に飲み込まれて行った。 当初はその急激な変化を危惧したものであるが、事態は彼女が思っていた以上に、良い方向に進んでいった。 無謀と思われていたヘルマンとの戦いに勝利し、ゼス、JAPANをも平定して、ランスは人間界を統一した。 それだけでなく、追われていた魔王を匿い、襲ってきた魔人たちを撃退するどころか、逆に魔人領に攻め込み、そのほとんどを手中にいれていた。 ランスが王となった時には、リーザスの将来を危ぶんでいた人々も、今ではランスに畏敬の念すら抱いている。 そしてまた多くの人々が、リーザスによる世界統一が近いことを感じ、喜びに沸きかえっていた。 しかし、当事者であるはずのランスには、あまり喜びの色は見られなかった。 それどころか逆に、どこか覇気を失いつつあるようにすら感じられる。 普段はいつもどおり、思いのままに振舞っているようだが、王座にいてマリスと二人だけになった時などは、何か心ここにあらずといった感じが多くなった。 (それでも・・・) 世界統一が果たされれば、ランスがリーザス城から動く必要はなくなる。 もう遠くに戦いに行くことも無い。 そうなれば、ランスも少しは落ち着くだろう。そして、ずっとリアのそばにいることになるだろう。 そうなった時のリアの幸せそうな顔を思い浮かべると、マリスは自然と顔をほころばせ、また執務に取り掛かるのだった。 「ねえシルキィ、私に、考えがあるんだけど・・・」 サテラがそう言ったとき、突然音を立てて部屋の扉が開いた。サテラとシルキィの顔に緊張が走ったが、入ってきたのはサテラのガーディアンであるシーザーだった。 「サテラサマ、オノミモノヲオモチシマシタ」 そう言うと、シーザーは何事も無かったかのようにサテラの前に飲み物を置き、部屋の脇に退いた。 それを見てやや落ち着いたサテラは、ある大事なことを思い出した。そして、今入ってきたばかりのシーザーに命令を下した。 「シーザー、サイゼル達を呼んで頂戴。他の魔人たちもここに。急いで!」 「ワカリマシタ」 硬い動作で頭を下げると、シーザーは再び部屋を出て行った。 サテラは改めてシルキィに向き直ると、話を続けた。 「ねえ、シルキィ、私に考えがあるわ。でもそれは、サイゼル達が来てから言うことにする。だから今は、サテラのベッドで休んでいて」 「サイゼルがここに?」 「うん。サイゼルだけじゃなくって、ハウゼルやワーグもいるわ」 今度はシルキィが驚く番だった。 つい先日までケイブリスに味方していたはずのサイゼルや、リーザスとは何のかかわりもないはずのワーグまでが、ここに来ているのだ。 メディウサに捕まっていたハウゼルも、メディウサが倒されてからは行方がわからず、心配しているところでもあった。 それが、まさか魔王である美樹が匿われているこのリーザス城にいるとは、彼女にとってまったく思いも寄らないことであった。 「な、なんで魔人達がここに・・・。リーザスの王は、魔人を倒しているんじゃなかったの?」 「ランスは別に魔人が嫌いとか、そういう訳じゃないの。それに、今はホーネットを助けるほうが先」 そう言うとサテラは、シルキィの肩をささえながら、自分のベッドに連れて行った。 ほどなく、サテラのベッドの周りには、サテラをはじめサイゼル、ハウゼル、ワーグ、そしてメガラスの5人の魔人が顔をそろえた。 「ごめんなさい、シルキィ。私が至らないばかりに、あなたをこんな目にあわせてしまって・・・」 まず始めに、そう切り出したのは、ハウゼルだった。 ハウゼルはシルキィを気遣う様子を見せていたが、皆がそうというわけではなく、魔人達の表情は様々だった。 何故か面白そうにしている者、どことなく悪びれた感じで、目を合わせないようにしている者、まったく無表情な者。 そこには、微妙な温度差が感じられた。 「ハウゼル、あなたのせいじゃないわ。それに、あなたもひどい目にあったのでしょう?。今こうして元気なあなたに会えて、ホッとしたわ」 ベッドから半身を起こしたシルキィは、逆にハウゼルを気遣っているようだった。 ハウゼルがメディウサに捕まった後、どうなったのか詳しいことはわからない。 しかし、かなりひどい扱いを受けたことには、薄々感づいていた。 「そうよ、ハウゼルのせいじゃないわ」 「姉さん!」 ハウゼルをかばおうとして、逆ににらまれてしまったサイゼルは、ふんっと機嫌を損ねたように、顔をそむけた。 「いいのよ、ハウゼル。それに、サイゼルもね。あなた達が悪いのではないわ」 「・・・ごめん」 サイゼルが決まり悪そうに、小さくつぶやいた。 それを聞いたシルキィとハウゼルは、やれやれといった感じで顔を見合わせた。 「みんな、ちょっと話を聞いて」 それまで黙っていたサテラだが、雰囲気が落ち着いてきたことをさとり、ようやく本題に入ることにした。 (慎重に・・・絶対にうまくいくようにしなくちゃ・・・) 汗ばんできた両手をぎゅっとにぎりしめ、サテラは淡々と切り出した。 「ホーネットがケイブリスに捕まったの。もう一刻の猶予もないわ。今すぐにでも、ケイブリスを倒して、ホーネットを助けなくちゃいけない」 そして、一旦言葉を切った。 「でも・・・サテラ達が束になっても、ケイブリスにはかなわない」 真剣にサテラの話を聞いていたシルキィがうつむいた。 シルキィがいくら魔血魂を飲み込んだところで、その力をすべて引き出すことが出来ない彼女では、ケイブリスに勝つことは難しい。 純粋に「力」というものだけを考えると、魔人達の中で最強を誇るのは、ケイブリスに他ならない。 確かに、魔人同士の戦いにおいて(魔人同士だけに限らないが)、勝敗は「力」だけで決まるものではない。 魔力、策謀、運。様々な要素が加わって、勝負は決するのである。 しかし、それを考慮しても、ケイブリスが強いことに変わりは無い。 ケイブリスは、圧倒的な力を持っている。 その強さがあるからこそ、覚醒していないとは言え、魔王に対抗することを望み、ケッセルリンクをはじめとする、反魔王派の魔人を従わせることが出来たのである。 ケイブリスを倒す程の力も無く、またその実力差を跳ね返すだけの策を講じる余裕も無いサテラ達にとって、今は何も方法が無いように思われた。 「ケイブリスを倒すことが出来る、従わせることが出来るのは魔王だけ。でも、その魔王であるリトルプリンセスは、魔王になるのを拒んでいる」 「だったら・・・。だったら、他の者が魔王になり、ケイブリスを倒せばいい」 それまで淡々としていたサテラの口調が、激しいものに変わった。 「サテラは、ランスに魔王になってもらおうと思う!」 静寂。 その言葉の衝撃がもたらしたものは、まさに静寂。 誰もが予期せぬことに、ただ動きを止めることしか出来なかった。 すべての物がその動作を止めたとき、そこに訪れるのは音の無い世界、静寂だけである。 「サテラ・・・あなた、何を言っているのかわかっているの?。よりによってただの人間を・・・」 「ワーグは賛成〜。お兄ちゃんはホーネットみたいに口うるさくないし、ワーグと遊んでくれるもん。ワーグはお兄ちゃん好きだから、お兄ちゃんが魔王でもいいなあ」 顔色を変えてサテラに詰め寄ろうとするシルキィだが、その行動はあどけない台詞に遮られることとなった。そして、その台詞にサイゼルも続いた。 「私もいいわ。あの人間は嫌いじゃないし、あいつ、面白いもの。それに、ハウゼルと会わせてくれたからね」 そう言うと、隣にいるハウゼルの首に手を回し、軽く抱きつくようなしぐさを見せた。 「姉さんたら、もう。サテラ、私もリーザス王を魔王にすることに、異議はありません。リーザス王はやや破天荒なところもありますが、決して悪い王ではなく、王としての素質はあると思います。それに、私を救い出したのも、姉さんと引き合わせてくれたのも、リーザス王ですから」 皆があっさりと同意したのにやや拍子抜けしたサテラだが、大きく頷くと、それまで沈黙を守っているメガラスに、鋭い視線を向けた。 「メガラス、あなたは?」 「・・・皆に従う」 一瞬の間。しかし、彼の答えは単純なものだった。 そして、魔人達の行く末を左右する重大な進路は、最後の一人、シルキィの決断を待つだけとなった。 そのシルキィは、そこにいる魔人達の顔を、信じられない面持ちで、順に凝視していった。 魔王である美樹が魔王城から離れてからも、ずっとホーネットに従っていた彼女には、ホーネットの思惑通り、どんなことがあっても美樹が魔王になると考えていた。 しかし実際に美樹が魔王となることを望んでいるものは少ない。 サテラにすれば、美樹がこのような事態を引き起こさなければ、今回のようにホーネットやサイゼルが傷つく事も無かったと考えていたし、サイゼル・ハウゼル姉妹にすれば、美樹はお互いを引き離した要因と思っていた。 それに比べ、ランスはサイゼル・ハウゼル姉妹を引き合わせてくれるなど、恩恵を与えてくれた存在である。 リーザスにいた魔人達が美樹よりもランスを選ぶのは、さして難しいことでは無かった。 しかし、ランスのことを知らないシルキィに、それは理解できないことでもあった。 「皆、自分の言っていることがわかっているの?。私達は魔人なのよ。そして、それを統べる者に、人間を選ぶなんて!。魔人の問題は、魔人だけで解決するのが・・・」 「前の魔王だって、ガイだって、魔人を選ばなかったじゃない!」 サテラにそう遮られて、シルキィはハッとなった。 確かに、前魔王、そして彼女が慕っていた魔王ガイは、次の魔王に人間を、それもひ弱な異世界の少女を選んだ。 その理由を彼女は知らない。 しかし、ただ魔人としての強さだけで魔王を選ぶことは、ガイも望まなかったことはわかっていた。 「しかし、それでホーネット様が・・・」 「あなたがケイブリスの馬鹿と刺し違えて、ホーネットが喜ぶと思ってるの!ホーネットはそんなこと望んでないわ!」 サテラの強い口調に、シルキィは反論出来なかった。 「他に手が無いのか・・・」 シルキィの口からは、うめきとも取れる小さな呟きがこぼれただけだった。 そして、リーザス城にいる全てに魔人が、その城の主を、自分達の主にすることを決断した。 | ||||
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