Everyday I'm looking for a rainbow.
さつきの咲く頃 EPISODE:03 2003.02.02



さつきは思わずあとずさったが、すぐに背中がショーウィンドウについてしまった。

「そう怯えんなって。別にいじめやしねえよ」

気が付くと、男達はガードレールを乗り越え、すぐ側まで来ていた。





さつきの咲く頃
- EPISODE:03 -






「い、いやぁ・・・」

とっさに逃げようと思ったが、足に力が入らなかった。

もう一度左右を見渡してみるが、どこにも人影は見当たらなかった。

「おっ、近くで見るともっと可愛いじゃん」

「えっ?」

見上げると、既に男達はさつきを囲むように立っていた。

「こいつはツイてるな。そう思うだろ、お前もさぁ」

そう言って、男は下卑た笑みを浮かべた。

「こんなとこ居てもつまらないだろ。オレらと一緒にイイトコ行こうぜ」

「そうそう、楽しませてやるからよ」

さつきは恐怖のあまり、声が出なかった。

(どうしよう、どうしよう・・・)

ただその事だけが、頭をまわっていた。

やがて口をパクパクさせているだけのさつきに飽きたのか、片方の男が軽く肩を竦めた。

そして、さつきの顔グッと顔を近づけた。

「よく言うだろ、人間、諦めが肝心だってさ」

そう言って、さつきの首筋に息を吹きかけた。

そのアルコール臭さに、さつきは思わず顔を背けた。

「このアマ、何様のつもりだ!」

さつきの態度にムッとしたのか、男はさつきの細い腕を掴んで、捻りあげようとした。

「イヤッ!」

ガシャン・・・

・・・

・・





静寂。

さつきはゆっくりと顔を上げた。

既に腕は掴まれていない。

思わず夢中で腕を振り払った。

それが上手くいったのだろう。

ふと見ると、男が一人、さつきの横を見ていた。

その表情は、何か見てはいけないものを見てしまったかのように固まっていた。

さつきがその視線の先、つまるところ自分のすぐ脇を見ると、ショーウィンドウの中に、マネキンが浮いていた。

他のマネキンとは違い、ソレは横になっていた。それも、ちょうど自分の腰ぐらいの位置で。

そのマネキンの頭部からは、ピチャ、ピチャと何かが零れ落ちていて、小さな水溜りを作っていた。

(何か変・・・)

さつきは瞬きをしてそのマネキンを見直す。

それは、ショーウィンドウに突き刺さった、人間だった。

さつきが手を振り払った勢いで、その男は頭からショーウィンドウに突っ込んだらしい。

上半身はショーウィンドウの中へ、下半身はガラスによりかかるような格好になっている。

時折下半身がピクッと痙攣をする。

それに合わせるかのように、頭から雫が落ちていく。

その雫は・・・

ドクン!

(血を見るのは嫌い)

ドクン、ドクン!

(血を見るのは怖い)

ドクン、ドクン、ドクン!

(見たくないはずなのに・・・)

さつきは緩慢な動作で、その水溜りに手を伸ばす。

コツン。

その指先が、ショーウィンドウのガラスに当たった。

そこでハッと意識が戻った。

(私、何してるんだろう?)

意識をはっきりさせようと、頭を振った。

「う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

それまで固まっていた男が、はじかれたように、叫び声を上げて逃げ出した。

「だ、誰か!誰かぁぁぁ!!!」

男は叫びながら、通りを駆けて行く。

それが引き金になった。

さつきも一歩、二歩と後ずさりする。

そして、駆け出した。

助けて!

そう、心の中で叫びながら。



〜 〜 〜 〜 〜




「ハァ、ハァ、ハァ」

さつきは走りつづけていた。

それまでの出来事が頭をぐるぐる回っていた。

男がショーウィンドウに突き刺さったのは、自分のしたこと。

あるはずのない、自分の力で。

そして、血を見た時の衝動。

もしあの時、ショーウィンドウが割れていて、自分の手が血に触れたら。

(イヤッ!)

もう何も考えたくなかった。

ただ、助けて欲しかった。

そして、自分が本当に助けて欲しい時、そっと手を差し伸べてくれる人は、一人しか居ない。

さつきは走った。

「ピンチの時は助けてくれる」

そう約束した。

自分を助けてくれるのは、彼しかいない。

壊れたレコードのように、頭の中をぐるぐる回る映像を止める。

否、その上に彼の笑顔を上書きする。

そして、彼の家に続く坂を、考えられない速さで、一気に駆け上がった。

そのままの勢いで、遠野の屋敷を囲む高い壁を・・・飛び越えた。

木々の生い繁る庭を駆け抜け、まるで吸い寄せられるように、一つの部屋を目指す。

その部屋の下まで来ると、軽いステップで飛び上がり、窓枠に足をかける。

ゆっくりと窓を開ける。

スゥっと、窓から月の光が差し込む。

それに照らされるのは、一人の少年の顔。

さつきはそっと彼のベッドに近づいた。

見下ろす。

彼の寝顔は美しく、全てを癒すある種の神々しさをまとっていた。

「あははっ」

思わず、笑いこぼれた。

別におかしかったわけではない。

ただ、その顔を見た瞬間、力が抜けた。

ぺたん、と床に腰を下ろす。

ベッドに手をかけ、彼の寝顔を覗き込む。

見ず知らずの場所で目が醒めたこと。

男をショーウィンドウのガラスに突き刺したこと。

遠野の屋敷の塀を飛び越えたこと。

そして、なぜこの部屋に彼がいるのかわかったのか。

そのすべてが、どうでもいいことのように思えた。

「ふふふっ」

気が付くと、さつきは全てを忘れ、遠野志貴の頬をいとおしそうに撫でていた。




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