Everyday I'm looking for a rainbow. |
さつきの咲く頃 | EPISODE:04 2003.02.11 | |||||||||
さつきはそっと彼のベッドに近づいた。 見下ろす。 彼の寝顔は美しく、全てを癒すある種の神々しさをまとっていた。 「あははっ」 思わず、笑いこぼれた。 別におかしかったわけではない。 ただ、その顔を見た瞬間、力が抜けた。 ぺたん、と床に腰を下ろす。 ベッドに手をかけ、彼の寝顔を覗き込む。 見ず知らずの場所で目が醒めたこと。 男をショーウィンドウのガラスに突き刺したこと。 遠野の屋敷の塀を飛び越えたこと。 そして、なぜこの部屋に彼がいるのかわかったのか。 そのすべてが、どうでもいいことのように思えた。 「ふふふっ」 気が付くと、さつきは全てを忘れ、遠野志貴の頬をいとおしそうに撫でていた。
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(・・・?) 翡翠は首をかしげた。 かすかに、何かが軋むような音がした。 立ち止まって、耳をそばたててみる。 ・・・ ・・ ・ しかし、それっきり物音はしなくなった。 (気のせいだったかしら。) 翡翠は再び、遠野の屋敷の廊下を歩き始めた。 毎晩行っている夜の見回り。 本来最先端の機械警備装置を導入している遠野家で、見回りをする必要は無い。 しかし、やはり人がその目で確認した方が、安心できる。 何より彼女の主人が戻ってからというもの、警備装置など役に立ったことが無かった。 屋敷の主である秋葉がやっきになって新しい警備装置を導入するのだが、どれひとつとして効果は無かった。 だからこそ、自分がしっかり見回らなければならない。 決意も新たに、翡翠はゆっくりと足を進めた。 そして、彼女の主人の部屋の前に差し掛かったとき、その部屋からかすかな物音がすることに気が付いた。 再び足を止めて、耳をそばたてる。 カサカサという、何か擦れるような音が聞こえてきた。 (・・・カーテン?) 翡翠には、それが窓枠に触れるカーテンの音のように聞こえた。 カーテンが窓枠に触れる。それはカーテンが風を受けてたなびいた時。 (窓が開いてるんでしょうね、きっと。) 窓が開いているということは、誰かが開けたということ。 その目的はただひとつ。この部屋で眠る、彼女の主人。 翡翠は軽く溜息をつくと、窓を閉める為、そっと部屋のドアを開けた。 部屋で寝ている主人を起こさないよう、翡翠は足を忍ばせて部屋に入る。 部屋の窓は予想通り開いていた。 しかし、予想しなかったことがある。 それは、志貴の枕もとに、一人の少女がいること。 窓から差し込む月の光を受け、その髪は金色に輝いている。 ただ、その髪は翡翠の良く知った、真祖の美しい髪ではない。 どこか鈍く、重みを感じさせる輝きだった。 よく見ると、その少女はどこか悲しげな笑みを浮かべながら、彼女の主人である遠野志貴の顔に触れているようだった。 予想外の出来事に、翡翠は思わず固まってしまう。 しかし、驚きが納まると、彼女の中には主人を守るという、何やら使命感のようなものが沸きあがってきた。 その少女は翡翠に気付く様子も無く、ただただ志貴の枕もとにたたずむだけ。 翡翠は足音を立てて主人を起こさないよう静かに、しかし早足で、その少女に近づいた。 「何をしているのです!」 小声で呼びかける。しかし、その声には鋭さがあった。 それまで志貴の方を向いていた少女が、はじかれたように窓際まで後ずさった。 翡翠はその少女に鋭い視線を向けた。 しかし、その少女はぽかんとした表情を浮かべるだけだった。 翡翠はやや拍子抜けしたが、視線を緩めることなく、口を開いた。 「何人たりとも、主人の眠りを妨げるのは許しません」 それを聞いても、少女は驚いた表情を浮かべるだけだった。 翡翠はだまって、その少女を睨みつけている。 やがて少女は、穏やかな、そして先ほど翡翠に見せた、どこか悲しみを含んだ笑顔を浮かべた。 「こんな大きなお屋敷だから、もしかしたらって思ったけど、本当に遠野君の家にはメイドさんがいたんだ」 その台詞に、翡翠は何か違和感を感じた。 「ごめんね、別に遠野君の邪魔をするつもりじゃ無かったんだよ」 そんな翡翠をよそに、その少女は話を続けた。 「今日はもう充分遠野君に助けてもらったから、帰ることにするね」 「・・・」 「でも、また助けて欲しくなったら、遠野君の所に来ちゃうかも」 「・・・えっ?」 「それじゃ、今日はごめんなさい。遠野君に、ありがとうって伝えておいて!」 そう言うと、少女は窓に足をかけ、音も無く飛び上がる。 翡翠には、その少女が、満月に向かって跳んだように見えた。 コンコン。 控えめにノックをする。 いつもの通り反応が無いことを確認した後、そっとドアを開ける。 そこには、窓から差し込む朝の光を受けて、おだやかな寝顔を浮かべる主人と、それにへばりつくようにしている金髪の頭があった。 「はぁ」 翡翠は諦めたように大きく溜息をつくと、足音を殺すことなく、ベッドに近づく。 「志貴様、お目覚めの時間です」 そう言って、布団の上から軽く彼の体をゆする。 すると、それまで日を受けて白く透き通るようだった肌が、少しずつ赤みがかってくる。 そして、それが体全体に行き渡った頃に、自然と志貴は目を覚ます。 緩慢な動作で枕もとの眼鏡を取ってかける。 それからゆっくりと自分の方を向き、曇りない笑顔を見せてくれる。 「おはよう、翡翠」 「・・・っ!」 翡翠は頬を真っ赤に染めて、慌てて頭を下げた。 「志貴様、おはようございます」 「う〜ん、おはよ、志貴」 「えっ?」 そこには、志貴の腕にしっかりとしがみ付く、真祖の姫がいた。 「何やってんだ、アルクエイド!」 「ちょっと志貴、耳元で怒鳴らないでよ」 「あ、ごめん。じゃなくて、なんでお前がここに居るんだ。来る時はちゃんと門から入って来いって言ってるだろ」 「え〜、だって、突然志貴に会いたくなったんだもん」 そう言って、志貴の顔を覗き込むアルクエイド。 本来「美人」に属するはずのアルクエイドが、ちょっと拗ねた顔で目を潤ませている。 その可愛らしさに惹き付けられたのか、志貴はゆっくりとアルクエイドに手を伸ばして・・・ (ダメッ!) 「志貴様。秋葉様が居間でお待ちです。着替えはここに置いておきますので」 止まった。 志貴がこちらを見るより早く、翡翠は部屋を出て行く。 バタン。 部屋の中からは、志貴とアルクエイドの何やら揉めるような声がする。 翡翠は扉から離れると、自分の気を静めるように、大きく深呼吸をした。 自分に主人である志貴を止める権利は無い。 それは理解しつつも、それを黙って受け入れるほどの気持ちの整理はつかない。 翡翠はもやもやとした気持ちを抱えながら、秋葉と琥珀の待つ居間へと降りていった。 |
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