Everyday I'm looking for a rainbow. |
さつきの咲く頃 | EPISODE:05 2003.03.09 | |||||||||
部屋の中からは、志貴とアルクエイドの何やら揉めるような声がする。 翡翠は扉から離れると、自分の気を静めるように、大きく深呼吸をした。 自分に主人である志貴を止める権利は無い。 それは理解しつつも、それを黙って受け入れるほどの気持ちの整理はつかない。 翡翠はもやもやとした気持ちを抱えながら、秋葉と琥珀の待つ居間へと降りていった。
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「全く、またお前のせいで翡翠の機嫌を損ねたじゃないか・・・」 「だって、だって志貴と一緒の布団で寝るの、気持ちいいんだもん。それに志貴ったら、最近忙しいって言ってばかりで、遊んでくれないじゃない」 「うっ、それはそうだけどなあ・・・」 ネロ・カオス。ミハエル・ロア・バルダムヨォン。ワラキアの夜。 この街に訪れた、未曾有の出来事。 普通の人であれば、一生に一度すら関わることが無い事。 普通の人で無い遠野志貴に、そこから逃れる術は無かった。 そして、その一つ一つを片付け、今はつかの間の平穏にいる。 いや、いるはずだった。 しかし、彼は「普通の人」でもあった。 彼と同年代の、普通の人がしていること。 それは勉強。 未曾有の出来事に対処している間、彼は普通の事が出来なかった。 そのツケが、今更に彼に圧し掛かってきた。 「試験の結果が酷かったから、当面外出禁止なんだよ」 前回の試験で、彼の成績はまさしく「悲惨」の一言だった。 試験の結果は上手に「処分」したはずなのだが、何故か秋葉の手に渡っており、雷を落とされてしまった。 恐らく琥珀さんの仕業だろうが、問い詰めたところでどうにもならない。 『遠野家の当主として、私は恥ずかしいの一言です。兄さんには次の試験まで勉学に励んで頂きます。』 かくして彼はここ最近、学校と自宅を往復するだけの軟禁生活が続いていたのだった。 「悪かったよ、アルクエイド。これからは学校帰りにちょくちょく遊びに行こうな」 「うん!」 アルクエイドは満面の笑みを浮かべると、志貴に飛びついてきた。 そして志貴に抱きつくと、その胸に頬擦りする。 志貴はそんなアルクエイドの頭を優しく撫でてやった。 志貴が着替えるために、胸にしがみ付くアルクエイドを引き離そうとすると、アルクエイドの動きがぴたりと止まった。 「なんか嫌な匂いがする」 「・・・はい?」 「志貴、夜に出歩いてない?」 「何を言ってるんだ、お前」 志貴がいぶかしげにアルクエイドを見ると、彼女はクンクンと志貴の首筋の匂いを嗅いでいた。 「アルクエイド」 「何?」 「お前、なんか犬みたいだぞ」 「何よそれー!」 志貴はふくれるアルクエイドを優しく離すと、学生服に着替え始めた。 アルクエイドは何度も「学校帰りにね」と念を押すと、再び窓から出て行った。 「なにやら物騒になりましたね、先輩」 「お前が言うか」 学食のTVでは、相変わらず事故だ事件だといった、不幸な出来事が当たり前のように流れていた。 それに目を向けつつ、カツ丼を食らってるのは乾有彦。 恐らく自分の数少ない友人の一人だろう。もしかすると、唯一の、かもしれないが。 赤い髪にピアスと、非常に物騒な外見をしている。 「なんてことを言うんだ、遠野は。オレのような善良な市民を何だと思ってる」 「そうですよ。遠野君の方がよっぽど物騒なんですから」 そう言ってニコニコと笑うのは、相変わらずカレーを食べているシエル。 この街を賑わせた事件も落ち着き、今は残された臭気のようなものの清浄化に務めているのだと言う。 具体的に何をしているのかは知らない。 もっとも、昼間はこうして相変わらず学生を続けている。 「遠野の方が物騒って、先輩、コイツが何かしたんですか?」 驚いたように有彦が箸を止める。 「それは内緒です。わたしと遠野君だけの秘密です」 そう言うとシエルは頬に手を当てていやいやと首を振る。 それを見て一瞬固まった有彦だが、次の瞬間イスをひっくり返して立ち上がると、いきなり志貴の胸倉を掴んできた。 「遠野、キサマ何をした。さあ吐け、すぐ吐け、ここで吐け!」 「何って、何もしてないけど」 「隠すなんて悲しいなあ、遠野君。ボク等は親友ぢゃないか」 「だから、何もしてないっての!」 「何もしてないなら、どうして先輩がこんな風に・・・って、先輩?」 二人が顔を向けると、シエルはすでに落ち着いてカレーを食べている。 「二人とも、仲が良いのは結構ですが、食事の時間に騒ぐのはダメですよ」 「あ、ああ。そうですね」 毒気を抜かれたように、有彦が席につく。 (結局、一番物騒なのはシエル先輩だよなあ・・・) 何事も無かったようにカレーに向かうシエルを見て、志貴は溜息をついた。 『次のニュースです。』 『昨夜、近くに住む専門学校生が何者かに襲われ、意識不明の重体です。』 『警察によると、一緒に居た友人は錯乱しており、薬物を使用した末の喧嘩と見られております。』 『現場には女性の物と見られるハンカチが落ちており、警察では別の女性が事件に巻き込まれた可能性もあるとして、捜査を進めています。』 食事の後、談笑にふける有彦とシエルをよそに、志貴はぼおっとTVを眺めていた。 遠野の屋敷にはTVを見る習慣が無い。 そのせいか、なんとなく食後は食堂に残ってTVを見るのが習慣になってしまった。 『現場は駅前の大通りに面したデパートで、辺りは多数の血痕があり、事件の凄惨さを物語っています。』 画面が切り替わる。 そこには、ショーウィンドウが割れ、血の付いたガラスが飛び散った光景が映された。 (・・・ん?) 志貴はその光景に、何か違和感を感じた。 「おかしいですね」 「えっ?」 気が付くと、いつのまにかシエルが志貴に寄り添うように座り、TVを眺めていた。 「ガラスの割れ方が異常です。そう思いませんか?遠野君」 「割れ方?」 志貴はTV画面に目を凝らした。 「ごめん、先輩、よくわからないや。割れ方が派手だなあとは思うけど」 「ハイ、正解です。割れ方が激しすぎるんです」 志貴はいぶかしげにシエルに目を向けたが、彼女はTV画面に目を向けたままだった。 「固いものが当たれば、ガラスは割れてしまいます。その時、ガラスは物がぶつかった所を中心に、放射線状にヒビが入り、それが酷いと割れてしまうのです」 窓ガラスにボールが当たった時のことをイメージするとわかり易いかもしれない。 ガラスは、ボールが当たった所からヒビが入る。 つまり、ヒビはボールが当たった一点から上下左右に広がっていく。 「TV画面を良く見てください。ヒビをなぞって行き、物が当たった点を特定しようとすると、おかしな事に気が付くはずです」 既に志貴の耳に、TVから流れるレポーターの声は入らなかった。 目を凝らし、ショーウィンドウを走るヒビを、目で追っていく。 「・・・点が一つじゃない」 「その通りです。私の見る限り、点は三つあります。それがどういうことかわかります?」 「ごめん先輩、そこまではわからないや」 するとシエルはしてやったりといった感じで、志貴に向き直った。 「残念ですね〜。ここまで来たのに。さしずめ75点と言ったところでしょうか」 「先輩、点数はいいから、答えを教えてよ」 苦笑する志貴に、シエルはそっと耳打ちする。 「三つの点は、多分頭と左右の肩です」 「・・・えっ?」 「重体となった少年は、恐らくあのショーウィンドウに投げられたんでしょうね」 「投げられた・・・」 その少年を70キロと仮定する。 70キロの物を持ち上げるのは、鍛えられたスポーツ選手でなければかなり難しい。 それを投げるとなると、スポーツ選手でも出切るかどうか。 ましてや、それが抵抗し暴れる人間であれば、ほぼ不可能である。 「大よそ、人がやったとは思えませんねえ」 「先輩、俺が」 志貴が何か言いかけたところで、シエルはその口に指を当てた。 「ダメです。只でさえ遠野君はそういう物を呼び寄せるんですから。今回は本職にまかせて、大人しくしていて下さいね」 そう言うと、いつもの笑顔を浮かべたまま、シエルは食堂を後にした。 |
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