Everyday I'm looking for a rainbow.
さつきの咲く頃 EPISODE:06 2003.04.06



「大よそ、人がやったとは思えませんねえ」

「先輩、俺が」

志貴が何か言いかけたところで、シエルはその口に指を当てた。

「ダメです。只でさえ遠野君はそういう物を呼び寄せるんですから。今回は本職にまかせて、大人しくしていて下さいね」

そう言うと、いつもの笑顔を浮かべたまま、シエルは食堂を後にした。





さつきの咲く頃
- EPISODE:06 -






授業を終え、志貴は自宅である遠野の屋敷に向かって歩いていた。

志貴は、歩きながらずっと一つのことを考えていた。

街で起こった一件の傷害事件。

シエルによれば、それは人で無いもの仕業だという。

だが、志貴は一つの違和感を抱えていた。

(吸血鬼の影が見えない・・・)

この街で起きたいくつもの出来事。

それらは全て吸血鬼がからんでいる。

遡れば、全て真祖という名の吸血鬼の存在がある。

しかし、新たな吸血鬼の存在は無いはずだ。

もしあれば、アルクェイドが怪しい素振りを見せていたはず。

(あいつは本当に隠し事が下手だからなあ。)

思ったことを隠さず、表情のころころ変わる吸血鬼の事を思い出し、志貴は小さく笑った。

「何か良いことでもありましたか?」

「え? あ、翡翠」

「おかえりなさいませ」

志貴が驚いて声のする方に振り向くと、深々と頭を下げる翡翠の姿があった。

どうやら考え事をしながら歩いているうちに、家までついてしまったらしい。

「ただいま、翡翠」

そう言って、志貴は翡翠に笑いかけた。

いつもならその笑顔に固まってしまうはずの翡翠だが、今日は違った。

志貴に目を合わせようとはせず、硬い表情も崩さない。

首をかしげる志貴だったが、翡翠はそれに構わず、志貴の鞄を手に取った。

そして、スタスタと屋敷へ入っていってしまった。

(う〜ん、機嫌悪そうだなあ)

その後ろを、志貴はなんとか笑顔を作ってついていく。

「毎朝悪いね、翡翠」

「・・・」

「アルクェイドの奴にはいつも言って聞かせてるんだけど。ほら、あいつって、あんまり常識ないからさ。なかなか納得してもらえなくて」

「そう、ですか」

「でも、今日も翡翠に起こしてもらって、良い目覚めを迎えられたと思う。本当に翡翠には感謝してるから」

「私は志貴様に仕えるメイドですから。当然の事をしているだけです」

翡翠の声には、心なしか冷たいものが混じっていた。

(あれ、いつもならこの辺で機嫌を直してもらえるんだけどな)

普段と違う翡翠の様子に、志貴は首をかしげた。

だが、志貴の目に入るのは、翡翠の後姿だけ。

その表情はわからないまま、志貴は翡翠の後についていった。



〜 〜 〜 〜 〜




「それでは、夕食の時にまた呼びに参ります。それまでごゆっくりお休みください」

そう言って、翡翠は深々と頭を下げた。

そして、志貴の部屋を出て行こうと、ドアに手をかけた。

「あっ、待って翡翠!」

志貴は慌てて翡翠を呼び止めると、翡翠に負けないぐらい深々と頭を下げた。

「ごめん、翡翠」

「あ、あの、志貴様?」

「いつも翡翠に心配かけているのはわかっているんだ。でも、翡翠はいつも変わらずに自分の面倒を見てくれるから、つい甘えてしまう。それに、アルクェイドがずっと一人きりだったことを知ってるから、あまり強く言えないんだ。そんなあいまいな態度が、二人ともに迷惑をかけてしまっているんだと思う」

翡翠は志貴の突然の言葉に、目を見開いて固まっている。

志貴は構わず言葉を続ける。

「そんなんじゃいけないっていうのは、自覚しているから。直ぐには駄目でも、少しずつけじめをつけていこうと思う。いつまでも翡翠に迷惑をかけるわけにはいかないから。今朝のことは本当に悪いと思ってる。ごめん」

「いえ、その、今まで志貴様に迷惑をかけられたなんてことはありません!」

そう言って、今度は翡翠が頭を下げた。

「志貴様の世話をするのが、私の仕事であり、私の生きがいです。どうか私に迷惑をかけているなどとおっしゃらないで下さい。それに、志貴様はまだお体の調子も万全ではございません。ですから、もっとこの私に頼ってください」

「ひ、翡翠・・・」

翡翠が顔を上げた。息もつかぬほど一気に話したせいなのか、それとも恥ずかしさのせいなのか、翡翠の頬は真っ赤だった。

そんな翡翠の顔を見て、志貴は穏やかに笑った。

「ははは、ありがとう、翡翠。本当に翡翠は自分にとって大切な人なんだなって、あらためて思ったよ」

「あ、あ・・・」

翡翠は志貴の口にした「大切な人」というフレーズに反応したのか、今度は頬だけでなく、顔全体を真っ赤にしてうつむいた。



〜 〜 〜 〜 〜




翡翠が落ち着くのを待って、志貴は尋ねた。

「ねえ翡翠、今日はいつもより機嫌が悪かったと思うんだ。その理由がわからない。アルクェイドが夜中に忍び込んでくるのは、今回が初めてじゃないしね」

「・・・」

「何か自分で気が付かないところで、翡翠に悪いことをしちゃった?」

ややばつの悪そうな志貴の顔を見て、翡翠は軽く溜息をついた。

「志貴様はやっぱり愚鈍です」

「・・・えっ?」

「昨夜訪れたのは、アルクェイド様だけではございません」

「・・・えええー!もしかして、先輩まで!!!」

大げさに驚く志貴に、翡翠は冷たい目を向けた。

「シエル様ではございません。もっと若い方でした」

「若いって、それ本人の前で言わないでね。多分気にしてるから」

志貴は苦笑するしかなかった。

「で、シエル先輩じゃなかったら、レンかな。まさか、シオンがこっそりやってきたとか」

腕を組んで考える志貴。翡翠の視線は既に氷点下に達しようとしていた。

「色々と心当たりがおありのようですが、違います」

志貴は首をかしげた。

夜中に自分の部屋に来るような存在は、普通の人間ではありえない。

普通の人間であれば、秋葉が導入した最新鋭のセキュリティシステムに必ずひっかかるはずである。

(そもそも、普通の人間は、夜中に自分の部屋に来たりしないよな。)

そう考えて、志貴は肩をすくめた。

「で、誰が来たの?」

「存じません」

「えっ?」

「過去に私が会ったことの無い方でした。女性で、年齢は志貴様や私と同じぐらい。ややくすみがかったブラウンの髪の肩でした」

「同い年ぐらいの茶髪の女性?。う〜ん、心当たりないなあ。一子さんは明らかに年上だし」

新たに出てきた女性の名前に、翡翠がムッとした表情を浮かべた。

「他に何か特徴無かった?。まあ、剣を持ってるなんてことは無いだろうけど」

「特に何もお持ちでは無かったかと。特徴というほどではありませんが・・・」

「何かあった?」

「いえ、ちょっと変わった髪形をしていらっしゃいました」

「変わった髪形?ちょっとイメージ湧かないけれど・・・」

「確かこんな感じだったと思います」

そう言って、翡翠は両手を頭に乗せ、軽く髪を掴んだ。

「こんな感じで、髪を2つ束ねていらっしゃいました」

「それはツインテールって言うんだ・・・よ?」





志貴の頭の中で、何かが弾けた。





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