Everyday I'm looking for a rainbow. |
さつきの咲く頃 | EPISODE:07 2003.06.01 | |||||||||
「他に何か特徴無かった?。まあ、剣を持ってるなんてことは無いだろうけど」 「特に何もお持ちでは無かったかと。特徴というほどではありませんが・・・」 「何かあった?」 「いえ、ちょっと変わった髪形をしていらっしゃいました」 「変わった髪形?ちょっとイメージ湧かないけれど・・・」 「確かこんな感じだったと思います」 そう言って、翡翠は両手を頭に乗せ、軽く髪を掴んだ。 「こんな感じで、髪を2つ束ねていらっしゃいました」 「それはツインテールって言うんだ・・・よ?」 志貴の頭の中で、何かが弾けた。
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窓の外には、満月が浮かんでいた。 志貴はベッドに体を起こし、ずっとそれを見つめていた。 (じれったい・・・) そんな想いを静めるかのように、志貴は大きく息を吐いた。 そして、翡翠の言葉をもう一度辿ってみる。 翡翠の機嫌が直った後、昨日の夜に何が起こったのか、その一部始終を聞くことができた。 そこから察するに、昨夜自分の元を訪れたのは、クラスメイトの弓塚さつきで間違いないと思う。 だが、わからない事が多すぎた。 真夜中に自分のところに来るのもおかしく、また常人ではとても進入できない遠野の屋敷にあっさりと忍び込んでしまうのもおかしい。 そして、眠っている自分に、「充分助けてもらった」のだという。 そういった、弓塚さつきの言動すべてが、志貴には理解できなかった。 だが、これだけははっきりと理解できた。 弓塚さつきは、自分に助けを求めている。 今、彼女が何らかの事件に巻き込まれ、極めて困難な状態におかれているのでは無いだろうか。 そうで無ければ、親や友人に相談すればいい。 どこか遠くに逃げることだって、不可能では無いはずだ。 だが、彼女はそうしなかった。 誰にも言えない、そんな悩みを抱えて、この街で隠れるように生きている。 そんな彼女が、昨夜はわざわざ自分に会いに来たのだ。 そして、「助けてほしくなったら、また来る」と言い残した。 その台詞が、志貴の頭の中で、最後に見たさつきの姿を思い起こさせた。 学校の帰り道、彼女は言った。 「自分がピンチの時は、遠野君が助けてくれるよね」 そう言って、彼女ははにかんだように笑った。 その時、自分は「出来る限りのことはする」、そう言った気がする。 それは約束。 弓塚さつきにとって、大事な約束だったのだろう。 だからこそ、自分にだけは会いに来たのではないだろうか。 今はただ、そんな彼女を助けたい。心からそう思った。 (だからと言って、やみくもに探し回るのが良い方法とは思えない・・・) ネロ・カオスの時。ワラキアの夜の時。 志貴は、自分の住む街が思いのほか広いことを痛感した。 一晩中歩き回ったところで、街の裏路地などはほとんどカバーできない。 協力者が居れば多少はマシかも知れないが、大掛かりにやったところで、そう易々と見つかるとは思えない。 それに、弓塚さつきは自分の前にしか、姿を表さないだろう。 そうであれば、「また来るかもしれない」とのさつきの言葉を信じて待つしかない。 だが、常に走り回っていた過去のことを考えると、ただ待つことしかできない今回の状況は、非常にじれったいものだった。 「兄さん、お顔の色が優れないようですが?」 「そうか?最近は貧血も起こしてないけれどな」 「いえいえ、志貴さんはどこか疲れているように見えますよ」 朝食の席で、秋葉と琥珀が、志貴の顔を覗き込むようにして言った。 翡翠もどこか心配気な視線を向けてきている。 「もともと丈夫な方じゃないから、こういう時もあるさ」 そう言って、志貴はこの話題はこれで終わりとばかりに、目を瞑った。 「まあ、兄さんがそうおっしゃられるなら・・・」 秋葉はどこか納得していない様子だったが、諦めたように首を振って、席を立った。 その後ろを、鞄を持った琥珀がついていった。 「ふぅ」 辺りに静寂が戻ると、志貴はかるくため息をついた。 (あれから1週間か・・・) 弓塚さつきと思わしき人物が、真夜中に志貴を訪れてから、ちょうど1週間が経っていた。 その間、志貴は学校から真っ直ぐ帰宅し、夕方まで休んだ。 そして、夜は明け方近くまで、ベッドから体を起こし、夜の訪問者を待っていた。 「助けて欲しくなったら、また来る」 その言葉を信じて。 だが、彼女が再び志貴の元を訪れることは無く、疲労が溜まり始めていた。 ベッドから体を起こし、じっと待っているだけなので、肉体的な疲労は少ない。 しかし、一晩中気を張り詰めているためか、精神的な疲労は多かった。 おまけに、最近相手にできていないアルクェイドの機嫌がすこぶる悪く、それをなだめるのも一苦労だった。 せめてもの救いは、秋葉の小言が減ったことぐらいだろう。 志貴が家に居る事が多く、他の女性といる様子も無いため、秋葉は非常に嬉しそうだった。 昨日の夕食時には、めずらしく饒舌になっていた。 「ようやく兄さんもこの家の良さがわかってきてみたいね」 「この家じゃなくて、秋葉様の良さがわかったからじゃないですかぁ?」 「こ、琥珀!」 「あは〜、秋葉様、髪じゃなくて顔が真っ赤ですよ」 そんな風に、琥珀にからかわれていた。 (この件が解決したら、秋葉や琥珀さん、それに翡翠にも、感謝を込めて何かして上げないといけないな。) 志貴がそんな物思いに浸っていると、後ろから声がかけられた。 「志貴様、そろそろご出発なさらないと、遅刻してしまわれますが」 「ああ、もうそんな時間か」 そう言って席を立つ。 屋敷の門のところで、翡翠から鞄を受け取る。 「それじゃ、行ってくるね。帰りはいつもどおりだから」 「はい。くれぐれもお気をつけ下さいませ。姉さんも言っておりましたが、志貴様の顔色は・・・」 「ありがとう、心配してくれて。まあ、無理しないようにするからさ」 そう言うと、志貴はきびすを返して、ゆっくりと学校への坂道を下り始めた。 背中には、翡翠の視線がいつもより強く感じられた。 (はぁ、思ったより心配かけちゃってるなあ。) 何となく、足取りが重かった。 それは精神的なものだけで無く、少ないとはいえ肉体的な疲労も溜まっているせいでもあるのだろう。 (今晩でひとつ区切りを打とう。もし今晩来なければ、何か手を考えないと・・・。) 志貴はそう決断すると、疲れを跳ね返すかのように、脚に力を入れて学校へ向かった。 「はぁ・・・」 「あ〜ら翡翠ちゃん、何か悩みでもあるの?」 「ひゃぁ! ね、姉さん。驚かせないで下さい」 志貴を見送った後、いつまでも志貴が去った方を見つづけている翡翠。 それを不審に思った琥珀が、翡翠にそう声をかけた。 「あらあら、恋の悩み?志貴さんたら、ホントに鈍感ですからね。こんなに可愛い翡翠ちゃんの想いも知らずに」 「もう、姉さんたら!」 「まあまあ。困ったらなんでもこのお姉ちゃんに相談してね。このお屋敷中に、甘く切ない罠を仕掛けてあげるわ〜」 「いりません」 「・・・翡翠ちゃんのいけず〜」 そんな姉のテンションに付いて行けず、翡翠は冷たい視線を琥珀に向けた。 「冗談よ、翡翠ちゃん。それにしても、志貴さんは顔色が優れませんでしたね。何かあったのかしら」 「・・・」 その言葉に、翡翠はスッと視線を落とした。 琥珀はそれを見逃さなかった。 「翡翠ちゃん、何か心当たりがあるのね」 「・・・ありません」 「翡翠ちゃんは本当に嘘が下手ね。そんな顔してたら、すぐわかっちゃうわよ」 「・・・」 「きっと志貴さんに頼まれたのね。まったく、そんな顔してまで隠しとおそうなんて、翡翠ちゃんたら健気ね〜」 だが、そこで琥珀は表情を引き締めた。 「でもね、翡翠ちゃん。それは志貴さんのためにならないわ」 「・・・っ!」 「志貴さんの顔色は日に日に悪くなっているわ。今でこそ気丈に振舞っているけど、いつまでも誤魔化すことなんてできやしない。志貴さんの体は、まだ普通の日常生活を送るので精一杯なことぐらい、翡翠ちゃんにもわかっているのでしょう?」 それを聞いて、翡翠はうつむいてしまった。 琥珀はそこで再び表情を緩め、翡翠の手を取った。 「ねえ、翡翠ちゃん。翡翠ちゃんの主人は、志貴さんでしょう。主人を助けるのが、翡翠ちゃん、あなたのやるべきことなんじゃなくて?」 それを聞いて、翡翠は弾かれたように顔を上げる。 琥珀はそれににっこりと笑いかけた。 翡翠は大きくうなずくと、意を決して、ちょうど一週間前の夜の出来事を、琥珀に話し始めた。 |
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