Everyday I'm looking for a rainbow.
さつきの咲く頃 EPISODE:10 2004.12.13



「本当に大丈夫なんですか?」

「ええ、琥珀さんの朝食のおかげだよ」

「ですが・・・」

今日は休むのかと思いきや、志貴は普通に学校へ行こうとしていた。

心配げに声をかける琥珀。

その横に控えている翡翠も、不安なまなざしを浮かべている。

その目を見たとたん、志貴にはじわじわと罪悪感が浮かんできた。

(あの目に弱いんだよなあ・・・)

しかし、それを振り払うかのように、翡翠の手からカバンを取った。

「あっ・・・」

「大丈夫、秋葉にバレない内に帰るから!」

そう言い残すと、志貴は足早に学校へ向かった。




さつきの咲く頃
- EPISODE:10 -






目を覚ますと、白い壁。白い天井。白いカーテン。

志貴は軽く頭を振って、それまでにあったことを思い出した。

「結局、無理の出来ない体だってことを再確認させられたな」

そう、志貴は学校へは来たものの、体の不調から極度の貧血を起こし、結局2時限目から保健室のベッドで休む羽目になったのである。

「今何時だろう?」

そう思ってカーテンを引くと、保健室の窓には茜色の空が広がっていた。

校庭からは運動部らしき掛け声が聞こえてくるが、それもまばら。

どうやらとっくに授業は終わり、放課後もかなり遅くなってしまったようだ。

「うーん、早く帰らないと、秋葉に大目玉だな」

そうつぶやくと、志貴は慎重に体を起こし、保健室を後にした。





「あれ、遠野君じゃありませんか」

「あ、先輩」

志貴が保健室をでると、ちょうどシエルが通りがかった。

「こんな時間までどうしたんです?」

「いや・・・ちょっと。それより、先輩こそどうしてこんな時間まで?」

「私は茶室の掃除です。ちょっと模様替えも兼ねてましたけど。折角だから寄って行きますか?」

「いや、今日はもう帰らないとマズイんで」

ふと、志貴の脳裏には悲しげな翡翠の顔と、髪を真っ赤に染めた鬼姫の姿が浮かんだ。

その背後には、ちらっと注射器を持つ着物の袖が見え隠れしている。

―――早く帰らないと、明日の朝日が拝めないかも

「遠野君?大丈夫ですか。何だかとっても顔色が悪いのですが」

どうやら考えが顔に出てしまったらしい。

志貴は慌てて首を振ると、その嫌な思考を無理やり頭から追い出した。

「大丈夫です。それじゃ先輩、もう帰りますので」

「それなら、送っていきますよ。これで帰りに倒れられたら、非常に気まずいですから」

そう言うと、シエルは言葉とは裏腹に、楽しげに志貴と並んで歩き始めた。





「志貴!おっそ〜〜〜〜い!!!もう、待ちくたびれちゃったじゃないの」

志貴とシエルが校門を出ると、そこには見知った顔が待っていた。

恥ずかしげも無く両手をぶんぶんと振る女性。

そこには、ほほを膨らませた、真祖の姫の姿があった。

「なんであなたが待っていやがるんですか!」

あっけに取られている志貴をよそに、シエルは猛然とアルクェイドにつかみかかった。

「それはこっちのセリフよ。なんでシエルが志貴と一緒にいるのよ」

「お黙りなさい、あなたこそ吸血鬼らしく、でしゃばるのは夜だけにしておきなさい」

「うるさいわね。そういうシエルこそいつまでも年齢詐称を続けていないで、とっとと協会に帰りなさいよ」

年齢詐称と言われて、少しシエルがひるんだ。

そして、ちらっと志貴に目を走らせる。

いつもならこの辺りで志貴が止めに入るのだが、今日は力なく笑っているだけである。

「あれ、志貴、どうしたの?なんか元気ないじゃない」

「あなたが毎晩のように死徒狩りに連れ出すからじゃないんですか?」

「なによそれ。そんなのはシエルの仕事じゃない。私は志貴と遊ぶから、あなたは死徒と遊んでいなさいよ」

「なんですって!」

死徒。

その言葉に触発されるように、ぼんやりとしていた志貴の目に力が戻った。

「もう戻せないのか」

「え、何、志貴。何か言った?」

「なあアルク、それに先輩。死徒を人間に戻す事は出来ないのかな」

突然の質問に、それまで激しい罵り合いを続けていた二人は、きょとんとした表情を浮かべた。

一方、志貴はそれとは対照的に、どこか焦った感じで、問いを重ねた。

「死徒って元々人間だったんだろ。それに、死徒については二人ともよくわかっている。それなら、死徒を人間に戻す方法を知らないのか?」

アルクェイドとシエルは、そんな志貴の突然の問いにとまどいを隠せない。

やがて、アルクェイドが先に顔をしかめて答えた。

「何言ってるのよ、志貴。死徒は人間に戻せないわ。そもそも、死徒に限らず他のものを人間にすることだってできないのよ」

「そうですよ、遠野君。覆水盆に帰らずと言いますが、一度人間で無くなってしまったものを、人間に戻す事は残念ながらできないのです」

もし出来るならとっくにやってますし、それが出来ればこうして昼間から吸血鬼がのさばるのも防げたのですが、とシエルは続けた。

「そうか、そうだよな。・・・そうだよな」

志貴は自分に言い聞かせるようにそう答えると、いぶかしげな表情を浮かべる二人をよそに、家に向かって歩き始めた。

「あ、待ってよ、志貴」

慌てて追いかけようとするアルクェイド。その肩を、シエルが掴んだ。

「むー、何するのよ、シエル」

「相談があります。遠野君のことで」

そのシエルのただならない真剣な表情に、アルクェイドは表情を引き締め、深くうなづいた。





〜 〜 〜 〜 〜






三日月が薄っすらと世界に光をもたらしている。

街灯は確かに明るいが、それが照らすのは乾いたアスファルトだけ。

夜の世界を照らすのは、あくまでも月なのである。

そして、月のもとに集うのは、人ではないもの。

そこに、彼女はいた。

人でない、彼女はいた。

交差点。

真っ直ぐ進むと、遠野の屋敷。曲がると、彼女の家。

その道が交わるところ。

「ここに来れば、また会えると思っていたよ」

弾むような彼女の声が、澄んだ空気に響いた。

「・・・ああ、そうだね」

答える声に、喜びは感じられない。

「話したいことがあるんだ」

「ええ、私も。でも、立ち話はちょっと・・・」

「そうだね。場所を移そうか」

そう言って、彼と彼女は月を背に、歩き始めた。



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