「行ける所まで行ってみよう」真っ白な雪が降り積もった登山道と平行に走る林道へ車を乗り入れた。積雪は高度に比例して深くなるのかと覚悟していたのだけれど、それほどではなく運転は容易で、時々横に小さく滑る車をコントロールしながら、ゆっくりと深い森に刻まれた急坂の道を登った。
道の左右に広がる原始の森は、雪が音を奪い取ったかのように何処までも静かだ。そんな静かな森に目を向けて鳥を探してみるが、雪が積もった雰囲気の良い枝に鳥の姿は見つけられない。目を凝らして探したのだが、結局鳥の姿を見る事もなく、とうとう一般車が入れる林道の終点に着いてしまった。仕方がないので辺りを見回してからギヤーをバックに入れて車の踵を返し、来た道を引き返した。
急坂を暫く下ると後部座席の妻から、あそこにキクイタダキがいるよと声がかかった。助手席から左後方を覗くと、モミの木の葉の裏側に、待望の鳥の姿を見つけた。頭の頂きにある黄色い冠羽が目立つ小さくて可愛いキクイタダキだ。暗いしキクイタダキのいる枝との角度も悪いので撮影は難しい、でもやってみよう「ダメでもともと」だ。
身体を助手席で捻りながら何とかキクイタダキをファィンダーに捉えた。キクイタダキは雪の積もらないモミの木の羽裏を辿るように森を渡って行く。その姿にレンズを向けて何度かシャッターが押せた。しかしキクイタダキがいる葉裏は暗く、さらに素早く動くので、多分まともには写っていないだろう。それにレンズに添えた手が痛い位に冷たくなってきた。鳥も遠くに行ってしまったので、軟弱な私は撮影を諦め、カメラを助手席に置きヒーターの吹き出し口で手を温め、捉えた姿をモニターで確認もせず山を降りた。その後、麓で見つけたウソを撮影し、今日の鳥見に満足して家路についた。
家に戻り、パソコンにメモリーを差し今日の出来映えを確認してみると、最初の数枚にキクイタダキが写っていた。拡大してみると予想通りどれもブレていて、そのままゴミ箱行きのコマばかリだ。そんな中で1枚だけ、ノイジーでアンダーだが、なんとかなりそうなコマがあった。ちょっとだけ虜出補正をしてみると、可愛いキクイタダキの姿が現れた。これなら、小さくプリントが出来そうだ。
あと少し経てば静かだった森にも春がやって来て賑やかな季節となる。小さな小鳥たちは忙しい季節を向かえ、今日出会ったキクイタダキも、きっと梢で囀り、春を謳歌するのだろう。そして時は瞬く間に過ぎ行き、森は再び静かな季節を迎える。そうしたら再び林道に登ってみよう。じっくりキクイタダキと付き合えるように今度は手袋を忘れずに携えて。(平成21年3月記)
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