深い霧が立ち込めた峠を抜け出し、たどり着いた草原だったが、美しい緑の広がりは、やはり深く白いベールに覆われていた。そして辺りは押し黙ったように静かで鳥の声は聞こえない。音もなく流れる深い霧のベールが、目の前を漂うばかりだ。
姿も見えず、声も聞こえず、鳥見はお手上げ状態。諦めて車を進めていると、刈り取られた牧草地で動くモノが目に入った。キツネだ、赤狐が少し薄くなった霧の中をヒョコヒョコと歩いている。
この草原でも、たまにキツネのことは目にするが、大抵はすぐに姿を隠してしまい撮影出来ることは至極稀だ。だから、いつものようにダメ元でと思いながら、車を静かに停め、レンズを霧で霞むキツネに向けた。するとキツネは立ち止まり、ちょこんと腰を下ろし、こちらをじっと見つめ返した。変な人間が自分に何かを向けているのが気になるのだろう。疑うような眼差しをこちらに投げ掛けている。
その首をかしげた可愛い姿をレンズに捉え撮影をはじめると、目の端に動くものの姿が入ってきた。ファインダーから目を離しその方向を見ると、10m程離れた所にあるブッシュから飛び出した野バラの枯れ枝にアカモズの姿を見つけた。
止まっている場所は、大したことはないが、綺麗なアカモズが間近にいるのだ、撮らない手はない。レンズをキツネから慌てて離しアカモズに向けた。
アカモズを一通りの構図で撮り終えると、急にキツネの事が気になった。さっきまでキツネが座っていたところを再び見ると、キツネはまだそこにいて、後ろ足で頭を掻いていた。暫くこちらの様子を伺い何もしないことが判り安心したのかリラックスした表情をしている。
キツネは暫くすると「撮影は十分したようだし、僕のお座りポーズはもういいよね、僕は飽きたからもう行くよ」と言っているような大きな欠伸をした後、ヒョコヒョコと再び歩きはじめ、やがて草原の奥に姿を消した。
この可愛いキツネに合わなかったら、きっと、アカモズには出会えなかったと思う。キツネがいたから車を停めたわけだし。もしかすると、キツネは、霧の草原をキョロキョロと見回しながら、ゆっくりと車を進める変な人間の心の中を見透かし、アカモズがここにいることを教えてくれたのかも、そんなことを思ってしまうような出来事だった。アカモズとの出逢いは、キツネの粋なプレゼントだったのかもしれない。(平成22年7月記)
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