河原での撮影を終え、滝の脇を走る林道を進み深い山に分け入った。午後になり初夏の日差しは強く、撮影にはそぐわない。だから「森に住む鳥達の様子が判ればよい」ぐらいの気持ちで山を登った。麓では緑一色となった森も、高度計の数字が増える毎に淡くなり、薄緑や薄黄色、蜜柑色などの春色に変化した。秋の彩りに負けないぐらい色取り取りに山が染まっている。
遠くで鳴くオオルリの声を聞きながら、時々落ちている小さな岩の欠片をよけつつ林道を進むと、左側の谷から覚えのある鳥の声が大きく聞こえてきた。「焼酎一杯グイー」と聞きなしされているセンダイムシクイの声だ。車のブレーキをそっと踏み込み、狭い林道の右側いっぱいに止めて辺りの様子を伺うと、薮の中から小さな鳥が飛び出してきて、背の低い木の枝に跳び乗り鳴きはじめた。「チヨチヨチヨチヨピー」私にはそう聞こえる囀りが辺りの山に響いた。
最初はいつものように車の窓にレンズを乗せて撮ろうとしたのだが、レンズの向く方向に限りがあるし、何より窓枠に乗せたレンズは不安定で、素早く枝を変えながら鳴くこの鳥の姿を上手くファインダーに入れられない。イライラしながら撮ってもしょうがない、センダイムシクイに逃げられるかもと思いながら、鳥のいない道側のドアを開き外に出て、後部座席の三脚を取り出して静かに車の後ろから撮影を試みた。
センダイムシクイは、同じように枝を渡りながら「チヨチヨピー」を繰り返している。逃げられなくて良かったとホッとしながら、その姿にレンズを向けてシャッターを押していると、私のすぐ側の枝まで来て怖がる風もなく囀り初めた。
近すぎてピントが合わないので、少し離れようと後ろ向きに下がろうとした時、ちょっとよろけてバランスを崩し身体を大きく動かしてしまった。普通なら鳥は怖がって薮に姿を消し、それでお終いとなるのだけれど、このセンダイムシクイは尚も同じように枝を渡りながら囀っている。随分と愛想が良いと言うか、人間を気にしていないようだ。たまにこう言う個体に出会えるラッキーな時がある。再びホッとして撮影を続けた。
あと数週間もすると山の木々の葉は茂り鳥たちを濃い緑の中に隠してしまう。それまでに、新緑の枝の上で囀る小鳥たちの姿を、なるべく沢山探し、そして写したい。毎年そう思い色々な山道に出掛けるのだが、頭の中のイメージが“絵”になった試しがない。それでも懲りずに毎年同じように山から山へ通じる道を駆け抜ける。いつかきっと思い描く枝の上で囀る鳥が待っていてくれる、そう願いながら。(平成21年5月記)
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