霧に包まれた高原を通り過ぎ、山道に入った。せせらぎの音が聞こえ始めると、薄ぼんやりとした白いカーテンは視界の両側に開くように消え、目の前に深い森が現れた。森は生まれたばかりの若葉が織りなす、様々な色に覆われていた。それはただ薄い緑色だけではない、数えきれない色がいくつも散りばめられている。黄、柑、赤、言葉では表しきれない沢山の優しいパステルカラーで満ていた。なんと美しいのだろう。
この森に暖かな季節を暮らすためにやって来た、鳥達の歌声も聞こえている。鮮やかな羽根を持つ色とりどりの夏鳥達で、コルリ、キビタキ、オオルリ、コマドリ、カラ類のコーラスも加わり、森は彼らの歌で一層輝きだした。
ある急なカーブに差し掛かった時、谷から聞こえるコマドリの声に誘われてブレーキを踏み車を停めた。車に乗ったまま、谷の奥底から聞こえるコマドリの様子を暫く伺っていたのだが、その声は一向に遠くて近寄ってはこない。諦めて、アクセルを踏み車を走らせようとすると、直ぐそばの藪から虫のような声が聞こえ始めた。夏鳥の中でも地味な色をしたウグイスの仲間メボソムシクイだ。メボソムシクイは、隠れるように、藪の中や枝の混んだ木々を移動し虫のような囀りを繰り返している
鳥見を始めた頃、富士山で初めてこの鳥の鳴き声を聞いた時、大きな声で虫が沢山鳴いているなぁと思ったことがある。後で図鑑の記述を見て、水場で撮影した可愛い目をした鳥の鳴き声だったと知り驚いたことがある。その時はひょっとするとムシクイだけに虫みたいに鳴き、ご馳走になる虫を誘き寄せているのかも、なんて冗談半分思ったりした。そんな訳があるはずないのだが。
さて、改めてこの鳥の囀りを聞いてみると、なかなかリズミカルだし、ヒリヒリヒリヒリの後に続くブヒッブヒッと言うお茶目な鳴き声が何とも可愛い。姿も鳴き声同様に地味に思われがちだが、頭から背中に掛けては淡い新緑に似た薄緑色、お腹は可愛らしいクリーム色、回りの森に芽吹く新緑に負けない清楚で優しい装いをしている。それに名前と違いその丸い目は、どちらかと言うと大きく、とても可愛らしく見える。
レンズを向けて姿を追っていたメボソムシクイは、近くの割りと抜けの良い枝にヒョイっと飛び乗り一鳴きした後、私のことを覗きこむようなポーズをとり新緑の森に消えて行った。新緑色のメボソムシクイと、ほんの少し過ごした時間。その時の愛らしい眼差しが目に焼き付いている。(平成21年5月記)
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