深く暗い森を内から包むように神秘的な鳥の声が聞こえている。この鳴き声を聞いていると、もし夜に森を訪ねたならば、杉の巨木の頂で、月と星を眺めながら長くて綺麗な尾羽をゆらし、神秘的な囀りを森に響かせているサンコウチョウに出会えるかも、そんなあるはずが無いことを思ってしまう。もしそんなことがあったらとっても素敵なことなのだけれど。
さて、声に近づくためには目の前の急な斜面を登らなければいけない。所々濡れている滑りやすい斜面を慎重に登ると、やがて針葉樹の林は終わり、森の中にある小さな尾根に出た。尾根の向こう側には、これまた小さな谷があり針葉樹の暗い森はそこで終わりを告げ、明るい落葉樹の森が現われた。「ツキヒホシ、ホイホイホイ」神秘的な鳴き声がまた聞こえる。
太陽の光が落葉樹の葉を透かし辺りを明るい緑色に染めている。その光が差す谷間に立つそれほど太くないホウの木の中程に、おむすびを逆さにしたような鳥の巣が見える。巣から距離をおいて、木の幹に姿を隠しそっと巣を覗いていると、そこに餌をくわえたサンコウチョウの雌が現れ、巣の淵に止まり雛に餌を与えた。雌は餌を与え終えると巣に座り雛を温め始めた。その様子からすると雛は生まれたばかりのようだ。
雌は巣から一旦居なくなったが、またすぐに餌を加えて戻ってきた。早いなぁと現れた雌を双眼鏡で見るとアイリングが大きいし背中が紫色がかった茶だ、尾は短いがどうやら雄のようだ。残念だが長くて美しい尾羽は抜けてしまったか、折れてしまったようだ。まぁ、綺麗な尾羽はプロポーズには必要だが、子育て中の今は、どう見てもないほうが都合が良さそうだ。我々のようなカメラマンには、誠に残念なことなのだが。
雄が巣を離れると雌が戻ってきた。雛に餌を与えるとすぐに巣を離れ、小さな谷の向こう側の木に絡まっている蔦に止まって羽繕いを始めた。止まった蔦は自然が編んだ鳥かごのように私には見える。なかなか良い絵だ。思わず横に立てておいたカメラを引き寄せシャッターを押した。雌は羽繕いに納得すると、再び餌探しに森の奥に飛び立った。「ツキヒホシ、ホイホイホイ」。神秘的な鳴き声が森に木霊した。(平成21年7月記)
|